失恋の話をしよう

まずは深呼吸ひとつ。
(なるべく自然にさりげなく、かつ好意や好奇心を絶対に出さないようにふるまうこと……なるべく自然にさりげなく!!)
 念仏みたいに胸の中でくりかえしながら、私は思い切って言葉を発した。
「み、緑間くんっ」
 ああ、声が若干裏返ってしまった。
 分厚い文庫本を読んでいた緑間くんがこちらを見る。あいかわらず端正な顔で、びっくりするほどの無表情だ。
 前の席に座ってケータイをいじっていた高尾くんもつられるように私のほうを見ている。切れ長の目はいつ見てもすごくカッコいい……じゃなくて。
 用件のみを手短に。もう一度復唱して、私は早口で緑間くんに話しかける。
「あ、あのね、体育祭のことなんだけど。緑間くんはクラス対抗仮装徒競走に出るじゃない? それで、私、緑間くんの衣装制作担当になったんだけど」
「そうか」
「そ、それで、緑間くんってすごく背が高いじゃない? だからちょっと、衣装作るのが大変というか、ええと」
「ぶふっ! 真ちゃんクラスの女子苦労させてる! わりぃなーウチの巨人が苦労かけますー」
「黙れチビ」
「チビじゃありませーん、平均以上ありますー」
 高尾くんが勢いよく笑って緑間くんをからかってくれたおかげで、私の緊張がちょっと緩む。こうやってさりげなく空気を和らげるの、ほんとうまいなぁ。
「でね、衣装の型紙を作りたいんだけど、緑間くんくらいのサイズの服の型紙って本にもあんまり載ってなくて。自分で作ろうかなって思ってるんだけど」
「え、何ソレ。真ちゃん採寸してイチから作んの? すげー大変じゃね?」
「あ、ううん、さすがにそこまではできないから、何かを参考にして型紙のもと、みたいなのを作りたいんだけど……それで、緑間くんのシャツか何か、借りれないかなって」
 ようやく用件を言えて、ほっと息をつく。緑間くんは表情を一ミリも動かさない。どうしよう。高尾くんはなぜだか眉間にしわを作っている。なんでだろう。
「――わかった。明日持ってくるのだよ」
「あ、ありがと。ほんとごめんね。すぐに返すから、よろしくお願いします!」
 緑間くんにおじぎをして私はそそくさとその場を離れる。
 ああ、緊張した。
 
 関東の王者・秀徳高校バスケ部は、活動を優先するために学校行事には極力時間がかからない形で関わる。というのは昔からの伝統みたいなもので。
 体育祭の種目はいろいろあるけど、当日仮装して走るだけの仮装徒競走がいちばん負担が少ない(衣装を作る手間はあるけれど)。よって、バスケ部のレギュラーが仮装徒競走に出ることは、もはや暗黙の了解というやつになっていた。
 ところで、クラス対抗の仮装徒競走は、秀徳高校体育祭のいちばんの目玉だ。順位に加えて仮装のできばえが点数に大幅に加算されるし、仮装している生徒が走っているのは見ている側も楽しい。だから毎年衣装にはすごく気合が入る。特にうちのクラスは緑間くんと高尾くんが出ることになっているものだから、気合の入り方が他のクラスと三ケタくらいちがった。
 秀徳高校二年女子のほとんどは、緑間派と高尾派のどちらかに所属しているといっていいと思う。強豪バスケ部レギュラーで背が高くてイケメンでっていうのはもちろんだけど、緑間くんは落ち着いた物腰とおとなびたミステリアスな雰囲気が女子をうっとりさせている(なんかいつも変な物持ってるけど……)し、高尾くんは明るくて話し上手で誰にでも優しいので、男女問わず人気がとても高い。そのふたりに好きな格好をさせられるのだ。盛り上がらないわけがない。
 試合で緑間くんと高尾くんが公欠だったHRで大激論が交わされ、仮装のテーマは某超有名な黒いネズミのアニメーション映画に決まった。
 理由はひとつ。あのふたりに王子さまの格好をさせたいから。
 欲望のままに女子だけでさんざん盛り上がり、緑間くんがシンデレラの王子、高尾くんが白雪姫の王子に決まったときには、男子はだいぶぐったりしていた。ごめんね男子。でもふたりが王子さまになるんだよ? 興奮しないほうがどうかしているよね! 許してね!
 ……と、そこまでは私も盛り上がる側の人間だった。
「でも高尾くんはともかく、緑間くんの衣装どうすんの? あんな身長の人の服って作れるの?」
 という声があがり、みんなが私を見るまでは。
 そう。私は手芸部所属で、しかも裁縫がとても好きだ。まあ、得意と言ってもいい。
 かくして私はなしくずしに緑間くんの衣装担当に決まったのだった。
 
 ため息をつきながら、私は放課後ひとりで衣装の制作を進めていた。
 断じて、緑間くんが嫌いというわけではない。ただ、ちょっと近寄りがたいなぁ、とは思っている。苦手の一歩前といったところだ。
 あの身長であの体格であの整った顔で無表情で、あんまりしゃべらない緑間くんは何を考えているかわからない。憧れている女子はいっぱいいるけど、仲がいい女子はいないから、近寄りがたさに拍車がかかっている。
 でも、私が緑間くんをどう思っているかなんて衣装づくりにはなんの関係もない。嫌な態度をとられているわけではないし、シャツだって貸してくれた。別に何も問題はない。
 だけど。誰にも言っていないけど、私の心の奥底では、高尾くんの衣装を作りたかったと残念がる声がしている。
 ふだん「私は高尾派かな~」なんて冗談っぽく言っているけど、実は私もひそかに高尾くんに本気で片思いしている女子のひとりだ。
 高尾くんは誰にでも気さくに話しかける人だから、私も話をしたことくらいはある。だけど仲がいいわけではないし、いつも部活でとても忙しそうだから、体育祭とか文化祭といったイベントのときじゃないとほとんど接点がないのだ。あーあ、高尾くんの衣装担当だったら話すチャンスもいっぱいできたのに。
 でも、仲良くなってあわよくば告白したいとか、つきあいたいとかそういうつもりはない。ううん、つきあえるとは思っていないと言うほうが正しい、かな。だって高尾くんみたいに光り輝く人の彼女なんて恐れ多すぎる。遠くから見つめて、ひっそり幸せな気持ちになっているだけでいい。楽しそうに笑い転げる姿を毎日見られるだけでじゅうぶんなのだ。 
 それなのに好きな人にちょっとでもいいから近づきたい、っていう気持ちを抱えてるのは矛盾してるなあと自分でも思うけど。
 
 緑間くんが貸してくれたTシャツのサイズを計ったり紙に写したりして、王子の衣装の型紙の基を作っていく。もちろん、こんな作り方じゃちゃんとした洋服はできないけど、仮装の衣装だからそこは大目に見てもらうことにする。
 ふう、こんな感じかな?
 型紙を完成させた瞬間、がらりと教室の扉が開いた。その音に顔をあげると、なんと高尾くんが顔を覗かせていたから、私の心臓がいっきに全速力でダッシュを始める。
「よ、お疲れー」
「た、高尾くん。どうしたの?」
「いやー真ちゃん探してんだけど、どこにいるか知らね?」
「知らない、けど……」
 そっかーと明るく言って、高尾くんは私の目の前の席に座る。
 え、ちょっとなんで。混乱を深める私をよそに高尾くんは屈託のない笑みを向けてくれる。ああ、ちょっとまぶしすぎますそれ。っていうか、まさか、これは、ふ、ふたりきり……!?
 自分には縁がないと思っていたあこがれのシチュエーションに、心臓がますます激しく高鳴って汗が出てくる。どうしよう。私は今、平然とした態度を装えているだろうか。
「それ真ちゃんの衣装のやつ?」
「う、うん」
「シンデレラの王子だっけ。ぶっ、真ちゃんが王子とかマジウケる」
「た、高尾くんだって白雪姫の王子じゃない」
「あーそーだっけ。オレの衣装ってどうなってんの?」
「カナが担当だけど……」
 難易度が高い緑間くんの衣装担当はあっさり私に決まったけど、高尾くんの衣装担当争いは熾烈を極めた。熱烈な高尾くんファンを公言しているカナがその座を射止め、こっちが引くくらいのガッツポーズを決めていたのは記憶に新しい。
「オレも王子ってガラじゃねーんだけどなー」
 ふざけて笑いながら、高尾くんが私を見た。限界まで高まっている心拍数がさらに跳ね上がる。黒髪がさらりと額に落ちかかっている角度といい、きりっとつりあがる瞳と口元の笑みのバランスといい、完璧です。ああ、この瞬間を永遠にとどめておきたい……!
「やっぱ真ちゃんの王子姿ってカッコいいのかな」
 高尾くんはふと笑みを消してそう言った。私もつられて真顔で返す。
「うん、カッコいいんじゃないかな? みんなキャーキャー言うと思う」
「そっかー、爆笑モンだと思うんだけどなぁ、オレは」
 目を細めて静かに笑う姿がやけにかっこいい。いつもの高尾くんの笑顔は、あけっぴろげでおおらかで、こっちまで笑っちゃいそうな力がある。でも今の笑顔はまたちがう魅力があって、すごくどきどきさせられてしまう。何がちがうのかなんてわからないけど、とにかくこんなに魅力的な笑顔ができる人には、この先きっとお目にかかれないにちがいない。
 ついついうっとりしていると、高尾くんがさらっと「早く体育祭終わんねーかな」と言ったのでびっくりする。え、今なんて?
「……意外。高尾くんって行事とかイベント好きだと思ってた」
「あー、うん、いや、好きだけどさ」
 高尾くんは頭をかきながら言葉を探すそぶりを見せた。どうやら、思わず言ってしまった発言だったらしい。
「やっぱオレとしてはバスケに集中したいんだよね。夏はIHもあるしさ。去年、日本一になれなかったから、今年はぜってーてっぺん取りてーし。だから、真ちゃんがキャーキャー言われて調子乗っちゃってカノジョとか作っちゃったら困るんだよねぇ。アイツ、カノジョできたら人事尽くしてうつつ抜かしちゃうだろうしさー」
 高尾くんがにやりといたずらそうに笑う。緑間くんが調子に乗る、っていう状態が想像つかないけど、やっぱり緑間くんでもキャーキャー言われると気分いいのかな?
「……高尾くんもキャーキャー言われると思うよ?」
「オレはそーいうので調子乗らねーもん。ま、ウチのエース様に惚れんなよってことで! アイツだけリア充させるとか許さねー」
「あ、それが本音なんだ?」
「うひ、バレた?」
 高尾くんがげらげらと笑う。わ、私高尾くんと軽口を叩いている……! 衝撃の事実にふるえつつ、高尾くんには彼女がいないらしい、という情報をひっそり胸に刻む。そうだよね、強豪バスケ部でもんね。バスケ命だもんね。バスケ部には彼女もちがすくないっていう噂もあるくらいだもんね。
「高尾」
 ふいに低い声が教室に響く。うしろをふりかえると、写真立てと大きな分度器を持った緑間くんが高尾くんをにらんでいた。
「お、しーんちゃん。どしたのその分度器」
「明日のラッキーアイテムだ。数学の先生にお借りしていたのだよ。それより高尾、何をしている」
「真ちゃん探してたの。部活始まるぜ?」
「それはこちらのセリフだ」
 不機嫌そうに言い捨てて、緑間くんはスタスタと行ってしまう。うーん、やっぱりちょっと近寄りがたい雰囲気だな。……あ! しまった、今、シャツを返すチャンスだった!
「おーい、待てって真ちゃーん」
「あ、あの、高尾くん!」
「ん?」
「あの、申し訳ないんだけど、このシャツ緑間くんに返してもらえないかな……」
 そう言って私は緑間くんのTシャツを高尾くんに差し出す。
「この前真ちゃんに借りてたヤツ? もういいの?」
「うん、一応型紙できたから」
「じゃあ預かるな」
 そう言ってニカッと笑った高尾くんは、文句なしにキラキラ輝いていた。

 

「どうしよう……」
 模造紙を前に、私はひとり悩んでいた。
 この前作った型紙をベースにして王子の衣装の型紙を作ってみたはいいものの、これで本当に緑間くんのサイズに合っているのか自信がもてない。布に写して裁断して仮縫いしてからサイズが合わなかったことが判明する、では遅いのだ。布は無限にあるわけじゃない。予算もあるから買い直すことはしたくない。
 今日は金曜日で、明日と明後日は学校がない。休みのあいだに自宅で作業を進めたいから、どうしてもここで型紙のサイズを決めなくてはいけなかった。
 ……やるべきことはひとつなのは、わかっている。この型紙を緑間くんの体に当てさせてもらって、サイズを確認するしかない。
 家庭科室の時計を見上げる。18時46分。外はもう暗くなっているし、部活を終わらせて帰ろうとしている生徒の声も聞こえてくる。だけどバスケ部はまだまだ練習をしているはず。体育館に行けば、緑間くんに会えることはわかっていた。
 しかたない。やるしかない。型紙をまとめて、私は家庭科室を出た。
体育館からはボールの音と、キュキュ、という床がこすれる音がしていた。スキール音っていうんだっけ?
「よっし、もう一本!」
 高尾くんの声だ。心臓がどくん、と大きく鳴る。鋭いけど楽しそうで、なんというかとてもカッコいい声だ。こんな声も出せるんだ。ますます好きになってしまいそう。
 おそるおそる中を覗くと、高尾くんと緑間くんがふたりでバスケをしていた。あれ、ふたりだけなんだ。バスケ部はいっぱい部員がいるはずだけど。
 どうやら、シュートの練習をしているらしい。高尾くんがパスをして、緑間くんがシュートしてる。バスケにはくわしくないからよくわからないけど、緑間くんすごい遠くからシュートするんだなぁ。あれ、今、緑間くん空中でボール受け取ってシュートしなかった?
「ナイッシュー! 今日もカッコいいぜ、エース様!」
「ふん、当然だ」
 ふたりがぱちん、とハイタッチをする。やっぱり教室にいるときとは雰囲気がちがう。空気がぴりっとしていて、目つきもすごく真剣で、本当にバスケが好きなんだな、ということが伝わってくる。ふたりの信頼感もすごい。ここから見ているだけで、ふたりの意思の疎通がしっかりしていることがわかるくらいなんだもん。
 空気に圧倒されて、完全に声をかけるタイミングを失っていた私だったけど、ふいに高尾くんがこっちを見た。
「あれ、どしたん。そんなとこで見学?」
「あああ、あのっ」
 思いっきりうろたえてしまう。高尾くんに話しかけられたせいもあるけど、どことなく気まずいというか、めちゃくちゃ邪魔をしてしまった気がする!
「あの、練習中にごめんっ。緑間くんにお願いがあって」
 混乱しつつも私は事情を説明する。
「ほんとごめん、でもどうしても今日中に型紙が大丈夫かどうか確認したいの。すぐに終わるから、あの、お願いできないかな……」
「別にかまわん。どうすればいい」
「腕を伸ばして、立っててもらえるかな」
 私の言葉どおりにすっと両腕を肩まで上げた緑間くんに、型紙を当てたかったのだけど、と、届かない。そうだった。私と緑間くんだと三十センチ以上の身長差があるんだった。
「ふは、オレ代わりにやろうか?」
「ご、ごめん、お願いします」
 見かねたらしい高尾くんが緑間くんに型紙を当ててくれる。優しいなぁ。
「……あ」
「え?」
「ごめん、そういやオレら汗だくだったわ。型紙当ててダイジョーブ?」
「そうだな。待たせてしまうことになるが、もう少ししたらシャワーを浴びるのでそのあとのほうが」
「いいいいいいえ、大丈夫です! 型紙なんで! ちょっとくらい汚れたりしても!」
 練習の邪魔になってもいけないし、シャワー後の緑間くんとか、高尾くんとか危ない。何かどうとかうまく説明できないけど、絶対に危ない。
 ぶんぶん頭を横に振ると、それがおもしろかったのか高尾くんに笑われた。神さまありがとうございます。
「こんな感じー?」
「う、うん。身頃は大丈夫そうかな。あと、これ袖の型紙なんだけど、長さ足りてるかな?」
「んー、ちょい短いかも。これだと手首がこんくらい出る」
「そっか、じゃあ袖丈は三~四センチくらいプラス、と」
 高尾くんに手伝ってもらって、サイズのメモをとっていく。微調整は必要だけど、おおむね大丈夫そう。よかった!
「うん、これで大丈夫かな。ありがとう! 練習中に時間とらせちゃってごめんね」
 ぺこりと頭をさげると、緑間くんが体育館の時計にちらりと目線をやった。
「……おまえこそ、こんな時間まで大丈夫なのか。手芸部はいつも夜遅くまで活動しているのか?」
「あ、ううん、今日は部活じゃなくて仮装の衣装作るのに残ってただけ。もう帰るし大丈夫大丈夫」
 わあ、緑間くんに心配された。ぱたぱた手を振って返答すると、緑間くんの表情がふいに和らいだ……ように見えた。
「人事を尽くしているのだな」
 ジンジ? って何? なんのことかわからず首をかしげる。この前高尾くんも言っていたような。
「協力できることならする。遠慮せず言うのだよ」
「あ、ありがとう」
 思いがけない言葉に胸があったかくなって、ついでに顔が赤くなってしまう。
 知らなかった。緑間くんって優しいんだな。表情があんまり変わらないから、わかりにくいだけなんだ。意外な一面を知ってなんだかどきどきしてくる。こういうところをみんなが知ったら、緑間くんファンがもっと増えそうだ。
 ……あれ、高尾くんがなんか怖い顔してる。怒ってる? 首をかしげて、私は今の状況を思い出した。そうだ、練習の邪魔してたんだ! ヤバい!
 告白するつもりとかはまったくないけど、好きな人に嫌われるのは絶対にさけたい。そそくさと型紙をまとめて、ふたりにおじぎをした。
「ほんと邪魔してごめんね! また何かあったらお願いします!」
 逃げるように体育館をあとにした私には、高尾くんが険しい顔をしていた本当の理由に気づく余裕はまったくなかった。
 
「あー、衣装作るのって結構タイヘンなんだねー」
「いいじゃんカナは高尾くんのなんだから」
「そーだけどお」
 今日は衣装制作担当の子たちで集まって衣装を作っている。というか、わたしが教える形になっている。衣装をつくるといっても、基本的には既製品を加工したり、サイズを直したりするだけでいい。けれど、裁縫に慣れてない人にはそれもなかなか一苦労なのだ。手芸部の私が教えることになるのは当然のなりゆきともいえる。
 そして話題が恋バナになるのも、まぁ当然といえば当然で。
「やっぱ高尾くん部活超忙しいみたいで、全然放課後一緒にいるとかできない。せっかく衣装担当になって、仲良くなる最大のチャンスなのになー」
「ねえカナ、高尾くんに好きな人いるか聞いてくれた?」
「んー探りはいれてみたけど」
 カナがまっすぐに整えた綺麗な髪をいじる。探り入れたんだ、さすがカナ。勇敢だな。
「なんかうまいことはぐらかされちゃった。でも彼女はいないって」
「うそー!」
「じゃあ告白したらいけるかな!」
 みんなが一様にざわめく。私は黙々と手を動かしていたのだけど、緑間くんの衣装担当に話の矛先が向かわないわけがなくて。
「ねえ緑間くんはどうなの? 彼女いそう?」
「そういう話全然してないからわかんないや、ごめん」
 無難な返答を返すと、みんなはがっかりした顔をしつつも「そうだよね」といった反応をする。あの緑間くんにそんな話をもちかけるのは至難の技だって、みんなも思っているのだ。
「やっぱ緑間くんには聞きづらいよね」
「カッコいいんだけどね、ちょっと近寄りがたいもんね」
「彼氏にしてもあんまり相手してくれなさそー」
 ……い、言いたい。本当は緑間くんけっこう優しいよ、って。
 だけどそんなことを言ったら質問責めにあいそうだ。それに、緑間くんファンの子にやきもち妬かれたりもしそうだ。争いはさけたいから、うーん、やっぱり言えないなぁ。
「告白、しようかな」
 カナがぽつりとつぶやく。一年のときから高尾派であることを公言しているカナが、本気で高尾くんのことを好きなのはみんなに知れ渡っている。
 私は告白はおろか、高尾くんが好きだと友だちに打ち明ける勇気すらない根性なしだけど、カナはちがう。何かと理由を作っては高尾くんに話しかけてるし、バスケ部の試合の応援にも行く。差し入れをしているのも見たことがある。
 カナに嫉妬する気は起こらない。だって、正しく片思いをしていると思うから。
「でも高尾くん、全然あたしのこと好きじゃないからなー」
「そんなことないって」
「あるの。……わかるじゃん、そういうのって、なんとなくだけど」
 縫い針をぶすりと針山に刺して、カナはため息をつく。
「あーあ。せめて高尾くんがどんな子が好きなのかわかればなー。それに近づけるようにがんばるのに」
 
 高尾くんの、好きな子。
 その言葉を聞いて思い浮かんだのは、なぜか目を細めてそっと笑っている高尾くんの姿だった。

 

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