『今日の蟹座は五位! ラッキーアイテムはハンバーガー! ラッキーアドバイスは〝昔からの友だちと、ふだんしない話で盛り上がってみて☆〟』
朝のテレビが流す非情な占い結果に肩を落とす。これで今日一日がどういう展開を迎えるか、なんてわかりきった話で。
案の定、我が恋人兼偏屈で頑固でワガママで、ある意味超単純なエース様は顔をあわせるなり高らかに宣言した。「放課後、マジバで黒子たちと会うぞ」――と。
ああ、オレの高校生ライフは今日も先行き不透明です、神サマ。
「で、何を話すの? この面子で」
それぞれの部活終了後、奇特にもマジバに集まったメンバーを見渡しながらオレは尋ねてみる。
「っつかホントに奇特なんですけど。よく来たよね?」
ここにいるのは黒子と火神、それに黄瀬君。青峰にはメールしたものの、無視されたらしい。ま、フツーそうでしょ。ただでさえ忙しい強豪バスケ部のレギュラー陣が、なんだって真ちゃんの人事のためにわざわざ時間さかなきゃいけないんだっつの。
「そういう高尾君こそ、別に来なくてもよかったんじゃないですか? 今日は〝昔からの友だちと、ふだんしない話で盛り上がろう〟なんでしょう?」
バニラシェイクを飲みながら、しれっと言い放つ黒子はいつもどおり、かわいくない。
「そー言うなって。真ちゃんには相棒がいなきゃっしょ?」
「相棒というより、この場合恋人でしょう? 緑間君が自分のいないところで遊ぶのが不安なんですか」
ブッ!
とんでもない一言に、不覚にもオレは盛大にコーラを噴き出してしまった。隣にいる真ちゃんが顔をしかめているのは、オレのコーラのせいなのか黒子の発言のせいなのか、怖いから確かめたくない。
つーかオレ別にそういうつもりじゃねーし。おもしろそうだったし、真ちゃんがオレが来ること疑ってない態度だったから断るのも悪いかなって思っただけだし。やきもちとか、そんなんでは全然ない。断じてない。
「そうなのか?」
やめて火神、ピュアな目で見ないで。
「ちょ、まさか緑間っちが……? オレより先に? 嘘でしょ?」
黄瀬君、その反応もなんかちがう。
「……なぜ知っているのだよ」
「見ればわかります。緑間君のパーソナルスペースのかなり内側に、高尾君が座っていますから」
淡々と感情のない瞳で言い切られてしまった。なんだよパーソナルスペースって。もうやだ黒子怖い。
「真ちゃ~ん……」
「情けない声を出すな、高尾」
真ちゃんが無表情でメガネを直す。でもメガネの位置は修正する必要がなさそうだったから、どうやら真ちゃんも動揺しているらしい。そりゃそうか。いきなりオレたちの最大の秘密がバレちゃったんだから。つか、真ちゃんの返答、さりげに肯定になっちゃってたよな?
「ふだんしない話をしなくてはいけないんでしょう? 緑間くんの恋バナ、ちょうどいいじゃないですか。今までしたことないですし」
「だったらお前の恋バナでもいいんじゃね?」
「イヤです。そもそも緑間君の運気補正につきあっているのはこちらなのですから、緑間君が話題を提供するべきです」
「緑間っちのハナシ聞きたいっス! 緑間っちばっかりそんな青春キメてるなんてズルいっス!」
「ふたりがつきあってるってのはどうでもいーけど……でもオレも恋バナなんてできねえしなぁ」
「……わかったのだよ……」
各々の言い分に、真ちゃんはものすごく苦い声で返事をした。
え、マジかよ、真ちゃん話すの? オレたちのあんなことやこんなことを? それちょっと公開処刑すぎない?
思わず真ちゃんの顔を見上げると、「耐えろ高尾」という視線とぶつかった。
ああ、こりゃダメだ。真ちゃんは一度決めたことはそう簡単には曲げない。そういうやつだ。
――運気補正のため、ひいてはバスケのため、なんだもんな。……しかたねぇか。
「真ちゃんの恋バナ、オレも初めて~。チョー楽しみ~」
「腹をくくりましたよ」という意思表示代わりの軽口を叩くと、真ちゃんは了承代わりの舌打ちを送ってきた。
「いつからつきあっているんですか?」
「……交際を始めたのは、五カ月ほど前だ」
「告白は、どちらから」
「オレなのだよ」
真ちゃんは淡々と黒子の質問に答えている。黒子も淡々としているから、ものすごく盛り上がらない。これ恋バナじゃないよね? どっちかと言うと尋問だよね? あー、これがオレたちの話じゃなかったらめちゃくちゃ笑えんのに!
「なんて告ったんすか!」
黄瀬君はノリノリだし、なんなの。つーか、そもそも男同士ってところに誰もツッコミ入れないのなんなの? キセキの世代ってそういうもんなの? 柔軟すぎねぇ?
「オレとつきあえと」
真ちゃんの返答に、オレはまたしてもコーラを噴きそうになった。腹の底から急激にこみあげてくる笑いを、口の裏側を噛んでなんとかこらえる。
真ちゃんがウソついてる! しれっと無表情でウソついてやがる!
……あれは忘れもしない五カ月前のあの日、桜舞う夕日の下でのことだった。
「おまえの座右の銘は〝人生楽しんだもん勝ち〟だったな。オレがいる人生といない人生では、どちらが楽しいか答えろ」と、真ちゃんは言った。
真ちゃんがいる人生に決まってんじゃん。オレは迷わずそう答えた。そうしたら、この色恋沙汰にはめっぽう疎いはずの偏屈ヤローは、「オレを離さない覚悟さえあれば、おまえの人生はこの先ずっと勝ちっぱなしなのだよ」と大真面目に言い放ったのだ。
そのプロポーズまがいの告白にオレは笑って笑って笑い転げて、最後にちょっとだけ泣いて、「じゃあ一生そばにいろ」って言った。そしたら真ちゃんは笑った。今まで見たことがないくらい、得意げで、うれしそうで、優しい笑顔だった。
手元の紙コップに刺さっているストローをつつく。恥ずかしいっちゃ恥ずかしいんだけど、これはオレにとって一生モンの思い出だ。やすやすと他人に語りたくないくらいには大切だ。そんで今、真ちゃんがウソをついたことで、それは真ちゃんも同じだったってことを知ってしまって全身がむずむずしている次第。
しかし、いつでも思ったことを直球すぎるくらいストレートに言う真ちゃんが、こんなふうに堂々とウソつくとは思ってなかった。心の中では恥ずかしいとか思ってんのかな。やべえマジ笑えてくる。でもここで笑うのは不自然だし、なんとかこらえねーと。
「デートはしましたか」
「していない」
はいこれもウソでっす、先週もしました! まぁ、お家デートですけど。ちょこっと部屋でDVD見ただけですけど!
「普段メールや電話はしますか」
「連絡事項があるときはな」
ウソウソ、いっつもちょーつまんねーメールしてる。昨日はなんで真ちゃんは納豆はダメで甘納豆はいけんのかっつー内容だけで三往復くらいはしたもんね。そういや真ちゃん、つい最近絵文字の存在を知ったらしくて気にしてんだよな。超笑える。恥ずかしいし使いどころがわかんないらしいしでまだ使ってこねーけど、オレの目下の目標は、真ちゃんの初絵文字メールをゲットすることだ。
関係ないことを思い出してにやにやしているうちに、尋問もとい恋バナは進んでいたらしい。黒子の質問に真ちゃんが淡々と答えてばっかだから、黄瀬君と火神は興味をなくしてきたみたいだった。返答内容もクソつまんない無難なもんだから食いつくとこもねーしな。……つか、そもそも火神は話よりもバーガー食うほうに夢中だったわ。
「……メールも電話も必要なとき以外しない、デートもしない、それでつきあって五カ月、ですか」
「そんなものだろう。だいたい学校で毎日会っているし部活でも一緒なのだよ」
「それはまあ、そうですけど。ずいぶん淡白なんですね」
「そりゃ~黒子っち、緑間っちっスよ? そんな情熱的なわけないじゃないスか!」
黄瀬君がなんか言いたそうにこっちを見てくるけど、無視! オレはなんもしゃべんねーぞ。
黒子の視線が、オレと真ちゃんのあいだを行ったり来たりしている。真ちゃんはあいかわらず表情を変えないで、優雅にポテトを一本ずつつまんで食ってる。話が終わりになりそうな気配が近づいていた。
やれやれ、とひそかに胸をなでおろしたそのとき。
「キスはしましたか」
真ちゃんがポテトを落とした。
「……していない」
真ちゃんの声がビミョーに上擦っているけど、責める気になれない。だって、ちょっとそういうことはなんつーか、ぼかしとく部分だろ。デリケートゾーンだろ! なんつーこと訊いてくれてんだよ黒子!
「メールも電話もデートもないのに、キスはするんですか」
「だからしていないと」
真ちゃんの視線がうろうろしはじめる。さっきまでの無表情から一転してのそれは、誰がどう見ても動揺していることがバレバレだ。
あーあーダメだこりゃ。しかたねぇな。
「ぶっふ、真ちゃんホントにウソ下手だな!」
笑いながらばしんと隣の背中を叩く。力加減をちょっとまちがえたのか、げほげほと真ちゃんがむせた。許せ。っていうかむしろ感謝しろ。
「ちゅーは毎日してんぜ。行き帰りとかー部活の後とかーあと休み時間とか? 真ちゃんでけーから毎回背伸びすんのが癪なんだけどな! そんで校内にあるいい感じに暗くて人が来ない場所とか把握できるよーになったわ~。ま、でも廊下とかだと、スリルがある感じがたまんねーよな、うっひ」
「……おい、高尾」
「真ちゃんこー見えてちゅー好きだからさー、油断してるとすぐぶちゅっとしてくんだよなー。別にいいけど首が痛ぇからマジ身長伸ばしたいわ。もちろんバスケ的にもな」
「高尾」
「え、ディープなやつはしたかって? それは」
「いい加減にするのだよ!」
「いででででで!」
思いっきり耳をひっぱられた。痛い。ひっぱられんのも痛いけど、やや遠慮を忘れた握力でつままれんのが痛い。真ちゃん頼むから自分の腕っぷしが格闘家並だって自覚して。
「よくもそんなにべらべらと……!」
「えー恋バナなんだろ? いいじゃんこれくらい」
顔を真っ赤にしてわなわなふるえる真ちゃんはおもしろい。かわいい。
もっと見たくてさらにしゃべってやろうと口を開いたとき、向かいから長々としたため息が聞こえた。視線をそっちにやると、黒子が心底うんざりといった表情でバニラシェイクを一気に飲み干していた。
「……わかりました」
「へ?」
「緑間君と高尾君が馬に蹴られても死なないくらいのバカップルだということは、とてもよくわかりました。……もういいでしょう、じゅうぶん恋バナしたと思います」
ボクたちは帰ります。急に席を立った黒子に、火神と黄瀬君が驚いたように顔を見合わせる。
「ちょ、どうしたんだよ黒子」
「そうっスよ、いきなりどうしたんスか」
「――火神君、黄瀬君、今から公園行ってバスケしませんか」
その一言に、ふたりは無言で立ち上がった。訓練された兵士かよってくらいにてきぱきと食べたあとのゴミを片づけ、さっさと店を出ていく。それを追いかけるように、黒子も出て行った。それでは、という挨拶だけを残して。
「…………あー……なんとか乗り切ったぁー」
どっと疲れが押し寄せてきて、オレは机に突っ伏した。いつもなら真ちゃんにだらしがないと叱られるとこだけど、今日はそれがない。真ちゃんもだいぶ疲れてんだな。
「ふひ、慣れねーウソなんかつくから」
「……ウソをついたのはお前もだろう」
「へっ、あーいうのは聞く気を失くさせるのがいちばんなんだって。うっぜーバカップルの話なんて誰も聞きたかねーだろ?」
真ちゃんの話したオレらのおつきあい事情もウソ八百だったけど、オレの話もウソしかない。
だって、オレたちまだ。
「……毎日、したいのか?」
おそるおそるといった真ちゃんの質問に、オレは残ってたコーラをまた噴き出してしまう。今日はこれで三回目だ。
「いや、さっきのはあいつらうんざりさせるためのデマカセっていうか……いやしたくないわけじゃねーけど……毎日ってわけじゃ……でも、つきあって五カ月なんだし……いーかげん……そろそろ……」
言ってるうちに恥ずかしくなってきて、後半のセリフはもごもごしてしまった。
つきあって五カ月。電話もメールも毎日してて、デートだってちょくちょくしてるけど、実はオレたち、まだ手をつないだことすらない。
いやもちろんしてーよ!? キスはもちろん、それ以上のことだって、真ちゃんとならしたい。やりたい。そういうイカガワシイ妄想だってしてる。そうじゃなかったら、キスするとき首が痛いなんて発想、出てこない。
でも、だからって実践できるかっていうと話は別だ。難しいんだよ相棒モードから恋人モードに切り替えるとかそーゆーのはさぁ! どんな顔したらいいとか、何を話したらいいとか、乗り越えなきゃいけない課題が山積みなんだっての!
誰に言ってるわけでもない言い訳を心の中で並べていると、真ちゃんがコン、と紙コップをテーブルに置いた。
「帰るか」
「おー」
「……高尾」
紙コップを凝視したまま、真ちゃんがオレの名前を呼ぶ。口が拗ねてるみたいにへの字になってて、これは真ちゃんが緊張してるときのクセだ。ごくりと喉仏が上下するのを見て、なんだかオレまで緊張してきてしまう。
「……今日は、家族が遅くまで帰らないのだよ」
「え」
「だから、その、」
キスをするぞ。
そう宣言されて、オレが最初にしたのは爆笑だった。しょうがねーだろ、なんでキスするってのにそんな予告されなきゃいけないんだよ。もっとムードとか、いろいろあんだろフツー。
「おい、笑っていないで返事をしろ」
宣言だけでも爆笑モンなのに、返事を強要されてますます笑いが止まらない。これから帰ってキスするぞ、はいわかりました、っておかしいだろおかしすぎんだろ。
これだから真ちゃんといるのはおもしろい。おかしくて、おもしろくて、やめられそうにない。
「……っひひ、うひひ、ひゃひゃ、わ、わかったよ……ッ」
笑うあいまになんとか返事をすると、真ちゃんの眉間のシワがほどけた。何安心してんだよ、もー。おかしくてしかたないから、残念ながらオレの笑いはまだまだ収まりそうにない。
律儀にオレが黙るのを待っている真ちゃんにうひゃひゃと声をかけながら、笑ってるだけでは逃がしきれない衝動を足踏みすることで逃がす。つられたのか真ちゃんの口元もわずかにゆるんでいるからまた笑いが止まらなくなる。
ああ、オレの先行き不透明な高校生ライフは今日もすげーしあわせです、神サマ。
「……はあ。とんだ茶番につきあわされました」
「なんのことっスか?」
「緑間君と高尾君のことです。あんなウソばっかりの恋バナで人事を尽くしたことになるんでしょうか」
「ウソ? え、あれウソだったのかよ」
「緑間君はやけに堂々としていました。恋愛ごとが苦手なはずの緑間君が、あんなに動じないのはおかしいです。たぶん、話していたことはほとんどウソなんでしょう。高尾君も途中までは素知らぬ顔で聞いていたくせに、キスの話になったとたんにいきなりべらべらと話し出しましたよね。あの話の内容もウソです。高尾君はウソをつくとき普段よりさらによくしゃべるようになりますから」
「はー……ほんとよく見てるっスね、黒子っち」
「でもなんでウソばっか話してたんだ?」
「さあ。恥ずかしかったんじゃないですか。……でも」
「でも、なんスか?」
「笑ってないで教えろよ」
「あれが全部ウソだとしたら、ふたりはデートも電話もメールもよくしているけれど、キスはしたことないってことになります。案外さっきの恋バナに触発されて、〝これからキスをするぞ高尾〟なんて言っているかもしれませんよ?」
2015.11.25
ラキおま2のペーパーだったようです。